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2006年07月30日
 ■ 今週の動き

7月24日から毎朝地元町会のラジオ体操に参加。
眠い目を擦りながら、時間に駆けつけてくる子供たちを見ると、とても可愛らしく頼もしい。しかし心配なのは、本当に子の子達が大人になったときに、果たして安心できる平和な日本社会になっているのか、政治的にも経済的にも、そして最も心配される、温暖化を含めた環境問題を解決できているかということです。
各町会のラジオ体操で、前に出て模範演技をするのが地元の中学生。まさしく私がPTA会長を務める学校の生徒です。残念ながら模範演技であるはずの体操は、大変お粗末なもので堂々と胸を晴れるようなものではありません。一応保護者も含め大人は思春期の子供の気持ちは分からないでもないですが、その姿を見ている低学年の小学生には決していい影響を与えるものではありません。
したがって学校側に、去年も同じであったので指導を要望してみたのですが、結果はあまり効果がなかったことにとても残念で、来年に向けて少し考えなくてはと思っています。
昨今、家族内での犯罪事件が多いですが、よく言われることが大人の責任です。
模範となる大人が育たない限り、日本の将来は、とても暗いと言わざるを得ません。
中学生のラジオ体操問題も小さなことのようですが、生活のリズムの象徴でもあるわけですから、まさしく大人の責任と捉え真剣に対処すべきことと考えています。来年は何とかしたいと。

7月26日 後援会の幹事会を開催。
忙しい中を参加して頂いた皆さんに心から感謝。また所要で来られなかった方々にも日頃の支援に感謝でいっぱいです。私が小さいころから母親に散々言われたことが、感謝の気持ちを持ちなさいということでした。
日常の五心
1)ハイと云う素直な心
2)すみませんと云う反省の心
3)わたしがしますと云う奉仕の心
4)おかげさまと云う謙虚な心
5)ありがとうと云う感謝の心
このことだけをいつも耳にたこができるほど教えられたのが今では懐かしい思い出です。
今思えば、下手な学問よりも、まずはこれを小学生のうちから徹底して教えることが、最も肝心なことではないかと思っています。
今後、このことを教育政策としてどのように遂行しようかと考えています。

7月28日 地元町会の夏祭りがスタート。
これから8月の終わりまで盆踊りが各地域で開催されます。このことは追々報告します。

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2006年07月25日
 ■ 民主党「教育再生」シンポジウム

7月24日午後6時から、民主党主催で教育再生シンポジウムが開催された。
パネリストには、首都大学東京学長西澤潤一先生、ジャーナリストの櫻井よしこさん、百マス計算で有名になられた立命館大学教授陰山英男先生、そして民主党からは参議院議員の西岡武夫先生が参加され、多彩な顔ぶれに期待して参加してきました。
しかし、内容は時間があまりなく総論でおわり少し消化不良気味でしたが、政党として今一番取り組むべき政策は、教育なんだという意気込みは伝わってきました。
各パネラーの話を簡単にまとめると、西澤先生は、「日本は無資源国だ。日本人にとって頭が財産だ。しかし今の教育は頭を使わない教育になっているのが一番問題だ。」と述べられ、櫻井よしこさんからは、「最近の20代30代の優秀な子の親殺しの事件を見ても、教育の荒廃は身近な問題であり、その対応として、民主党が掲げる、@家庭教育が原点である。A宗教教育の必要性について言及している点B愛国心について考え方を明確にしている点は評価できる」といわれ、政権を奪取することは今まで無理と思っていたが、その可能性も出てきたとリップサービスするところはジャーナリストらしかった。また、陰山先生は、早寝、早起き、朝ごはんを大事にして、子供たちの生活習慣を大事にすることが、教育再生への近道と述べられ、ご自身の教育現場での実践の話は説得力がありました。
いずれももっともなことで、重要なことは気づいた人が身近で、いかに実践していくかだと思われます。私も区議会議員の立場であると同時に、私の二人の子供が通っている中学のPTA会長も勤める中で、現場の厳しさはひしひしと感じており、いろいろ模索しているところですが、肝心なのは、保護者がいかに学校運営に関心を持ち、参加型のコミュニティーを形成できるかにかかっていると思っています。依然私が視察した中学校の校長が、各学校において、生徒数の2割の保護者が学校の諸行事に参加してくるようになれば、学校はよくなっていくということを言っていましたが、そのとおりだと私も思っています。
日本の子供たちの未来は、政治的にも経済的にもとても明るい社会が待っているとはいいがたい、重要な問題がここ数年立ちはだかっています。その中で今こそ人間の英知を結集するときだと思います。それには国民が正義に声をあげる時だと思います。今後とも是非多くのご支援を心からお願いします。

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2006年07月14日
 ■ マイタウン研究会

7月13日(木)、今日、念願の政策経営研究会「マイタウン研究会」を発足しました。総勢16名のスタート。
第1回目の記念すべき会合は、講師に江東区の企画課長をお招きして「江東区の長期基本計画について」講演して頂きました。マイタウン研究会の設立趣旨は、自分が住むあるいは働く場所に関心とこだわりを持つことによって、いい街づくりができるという事で、普段から区政のあり方に疑問や意見を持っている方々に来て頂きました。
やはり、あらゆる業種の最前線で活躍している経営者は、それなりの意見をお持ちで、とても参考になりました。また異なる業種間の情報交換により、お互いにスキルアップすることも重要な要素だと思っています。
今後2ヶ月に1回ぐらいのペースで研究会を続けて行こうと考えています。大事なことは、地方主権の時代、地方自治が自立するためには、普段から政策提言できる体制を持つことだと思います。
興味のある方は、是非お問い合わせ下さい。


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2006年07月09日
 ■ ママさんソフト

今日は、子供が所属する地元野球チームのママさんが主役のソフトボール大会に参加してきました。
参加チームは、子供たちが日頃対戦している相手方のお母さんがほとんどで、10チームでした。
どのチームも2回対戦をして、その結果の得失点差で勝敗を決める大会です。
一方お父さんは、日頃からお世話になっているママさんを激励する意味も込めて、模擬店を出店して、フランクフルトや焼きそば、かき氷にから揚げカレーなどを販売します。その一部は野球連盟の運営費に当て、大人も子供も親睦を兼ねた楽しい大会です。
日頃子供たちを応援する立場から、子供たちに応援してもらう立場になったとき、お母さんは、子供たちが日頃から練習している野球の難しさや、プレー中の気持ちがよく分かり、またお母さんを応援する子供たちは、その一生懸命にプレーする姿に感動を覚え、新たな親子関係が発見されるいい機会と思われました。今年で19回目だそうです。
こうした親子の心のふれあいは、とてもよいことだと思います。難しい言葉よりも、体で身を挺して表現する行動が、何よりも訴えかけるのでしょう。
残念ながら、わがチームは最下位でしたが、得るものは順位よりも多かったと思います。大会終了後の反省会では、次なる大会への意気込みで盛り上がっていました。

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2006年07月06日
 ■ 雑感

7月2日に45歳の誕生日を迎えた。「光陰矢のごとし」というが、月日のたつのは速いものです。
今週は、私がPTA会長を勤めている第三亀戸中学校の地区懇談会が、月曜日から金曜日まで2地区同時に夜7時から開かれています。学校選択性が始まって、本来学区内の地域という概念は必要ないかもしれないが、三亀中は、伝統的に地域の町会や地域で作る教育推進協議会、歴代のPTA会長を含めた保護者が学校を護るという意味で、夏休み前に子供たちの安全な生活環境をどうやって築くかというテーマで、各町会に所属する町会の役員と保護者と数人の学校の先生が一緒になって話し合うのが地区懇談会です。
このやり方は、江東区22校ある中学校の中でも三亀中だけです。下町のよさがこんなところにも反映されていると思います。子供たちにとって、中学生にもなると大分大人びてきて、周りの干渉を嫌うところもありますが、家庭だけでなく、地域の方々にも関心を持って子供たちに接してもらえることは本当はすごく幸せなことであると思います。小さい時から子供会やお祭りなど、いろいろな行事で子供たちを見守ってくださる方が居るということは、こんなにありがたいことはないと思いますし、この伝統を大事にしなければとつくづく思いました。
そこで、自分のことを振り返ってみました。兵庫県の尼崎で生まれ、5歳で母が離婚して、兄二人と私が大阪の吹田市に転居し、私が吹田市立岸辺小学校に入学したころ、当時仕事を3つも持って朝から晩まで働いていたので、母親に遊んでもらった記憶はほとんどなく、長屋の隣近所に居た魚釣りの名人や、読書家のおじさんの家でお世話になったことだけが思い出されます。当時借りた本がいまだに返さないで持っている本もいくつかあり、今思い出せば懐かしい思い出ばかりですが、隣近所は本当にありがたいものでした。
しかし、私が本当にお世話になったのは、やはり学校の先生でした。母は忙しく、兄は年が離れていたので、小学校でも中学校でも学校生活が私にとってはとても楽しかった。保護者会や参観日に来れない母の変わりに、先生は私のことをいつも気にかけてくださり、やさしく見守ってくれていました。
6年生のある日、家を出ておなかがすいていたので、パン屋によってアンパンを買い食べながら登校していると、自転車に乗って後ろから担任の先生が、「おい」と声をかけてきました。しまった、怒られるかと思いきや、「自転車の乗れと」私だけが登校中の子供たちを尻目に、二人乗りでいち早く学校に着くことができた事がありました。その後そのことが学校で話題になり、担任の先生は少し咎められたようでありますが、しかし私には全然気にすることはないと言って、その後もいろいろ心配してくれました。
今思うと、母子家庭で、朝もろくに食わず、大変なんだろうという思いで心配してくれていたんだろうと思いますが、その時のことをよく憶えているのは、やはりその時の先生の対応がよほどうれしかったに違いないと思います。
中学2年の時、忙しい母親が、今日は家庭訪問があるから家にいるという。学校でやんちゃな方の私のことを聞けるのでなんだか嬉しそうな顔をしていたのを憶えています。私も変なことを言われなければいいなと思いましたが、予想通り、母が担任から言われた僕の評価は、「勉強をしないで社会勉強ばかりしている」という言葉でした。母はいったいどういうことかと聞いてきましたが、心配することないと一蹴したことを思い出します。その意味はまた改めて書きたいと思っていますが、このときから私の政治の勉強が始まっていたのかもしれないと最近思うようになりました。
あまり長くなると読むほうも疲れると思いますので、この辺でやめますが、私が言いたいのは、子供たちにとって先生の存在は、大人が考えている以上にずっと重要な要素であること、そしてそのことを分からずに教育政策を変えてはいけないこと、特に学校の経営を任されている校長の存在は極めて大きな影響力を持っていること、どんな子供たちにも、先生がいい影響力を与える学校にしていかなくてはならないことを考えて行動すべきであるということです。
45歳の誕生日を迎え、私が今PTA会長を引き受けた理由を改めて考えてみた時、どうしても昔のことが思い出され、少し書いてみました。悪しからず。

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