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8月も終わり明日から3学期生の小中学校は学校が始まる。
江東区は中学が今年度から2学期生になり、私の二人の子どもの学校は28日から始まった。
しかし小学校はまだ3学期生なので、今日まで休みで、宿題の追い込みに追われていた。
この小中学校のずれが、わずかな日数であるが家庭のリズムが少しおかしくなる。
朝早く学校に行く二人に対して、一番下の子どもはまだ寝ている。朝ごはんもまちまちになる。
来年からは、小学校も2学期生になるので、ずれはなくなると思うが、小中で休みの日の取り方が違うとまたづれるので、注意をしてもらいたいと願う。
この2学期生の導入方法は、各自治体で違う。あるところでは、小中同時に導入するところもあれば、小学校ではあまり意味がないということで中学だけのところもある。
また、企業においても休みの取り方は様々である。
大手企業は、長く夏休みを取るが、中小企業はそう言うわけにはいかない。また業種によっては夏休み返上で仕事をすることはざらである。
このように夏休みの取り方を見ても、様々で普段の生活が以下に千差万別かが分かる。
政治の大きな役割の一つに生活者が共通の認識で納得する政策を考えなくてはならない。
そこには相当の政策の勉強を必要とする。
最近の自民党の総裁選挙の流れを見ていると、マスコミ戦略にうかれ、決して地に足が着いた行動とは言いがたい。
暑い夏が終わろうとしているが、盛り上がるのは今年の高校野球のように真摯な真剣勝負の場だけでよく、政治の舞台はもう少し頭を冷やして冷静にを考えるべきと思う。国民も冷静な目で政治を監視する目を是非持っていただきたいと切に願う。
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8月23日と25日の両日、私が所属している委員会の視察がありました。
23日は、南北交通放置自転車対策特別委員会の視察として、ゆりかもめの本社を訪ね、運行管理センターと車両基地を視察しました。
ゆりかもめは、すべてコンピューター管理で運行がなされ、少ないスタッフで運営をしていましたが、最近の車両事故や異臭騒ぎなど考えれば、もう少し手厚いリスク管理の体制が必要なようにも思われました。
いずれにしても、安全管理もさることながら、私の関心は、JR貨物線を利用して、いかにしてゆりかもめ路線を亀戸まで延伸するかであり、近くに東京タワーの建設も決定したことから、具体的に進めていきたいと思っています。
25日の今日は、厚生委員会として、公設民営の保育園、ひまわりキッズガーデン東雲とやはり公設民営の南砂子ども家庭支援センターを視察しました。
保育園は、ワンフロアーにすべての年齢の部屋があり、また保護者や年齢を超えた子ども達の交流が計れるオープンなコミュニティースペースが完備され、外の広場がないことを除けば、施設としてはとても工夫されたものでした。特に子ども達の遊びから想像力を発揮されるモグラの通路のような空間は、とてもよくできていました。職員の皆さんも明るく、私からの呼びかけに対して子ども達の元気な返事を聞くと頑張らなくてはという勇気をもらいました。
また、子ども家庭支援センターは、子育てに悩むお母さんやお父さんにとって、理想的な環境でした。
日本の精神的崩壊の原因の一つに核家族化がありますが、その中で子育てを教えてもらうことなく親になった方々が意外と多く、子どもの精神的不安定も実は、親業の訓練を受けなかったことが大きな要因ではないかと言われています。
私も実はそのことを痛感しており、母子家庭で育った私が、親父として子どもにどう接するか子どもが小さい時から考えさせられました。子どもが中学生と小学生になった今も同じですが、暗中模索をしながらも自分なりに考えて子どもと接しています。
その意味で、もっとこれから子ども家庭支援センターの中身を充実していく必要があると思われました。
委託を受けている社会福祉法人もとてもしっかりしており、安心感の漂う施設でありました。
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8月15日、この日は戦後の日本の針路を決定づけたターニングポイントである。戦前・戦中・戦後と日本の針路は大きく変化してきて来た。特に戦中の政治体制については、軍主導で展開してきた政治判断の過ちは、誰もが認識するところで、アジアの植民地からの解放戦だとか、自衛の戦争といえども、結果として多くの国民を悲しみの渦に巻き込んだ責任は、計り知れないものであると思われる。
その反省にたって、戦後の日本の政治戦略として、文民統制と徹底した平和主義があり、経済主導大国の道への選択があったと思われる。
東京裁判の疑義やアメリカ占領政策の悲哀と骨抜き政治の不満は、私に限らず多くの人が持っていることと考えます。しかし根本は、世界の中の日本の位置を、国民の幸福と安定の視点から考えるべきで、無資源国の日本が世界平和のために何ができるかを、偏狭なナショナリズムから論じた場合、また過ちを繰り返すのではないかという怖さを感じるのはわたしだけではないと思います。
しかし、今日のテレビ画面から見られた小泉総理の靖国参拝に対する様々な論評を聞いていると、社会現象の中で一番心配する、センセーショナリズムに踊るマスコミの対応が、私には一番心配に思えました。
かつて、劇場型日本の有様を揶揄された経済学者がいましたが、今日の政治の動きは、まさしく劇場型の小泉政治の、わがままな映画監督の自作自演のお粗末な演劇としか思えない行動でありました。
少なくとも、教育基本法の改正もそうですが、重要な日本の針路を決める問題については、もっと静かなかつ慎重な議論をすべきと思います。それがここ数年とくにできなくなっている政治状況が、最も私が一番心配するところであり、心して政治を監視しなくてならないと強く感じます。
投稿時間 : 23:43 個別ページ表示