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2006年11月16日
 ■ 教育基本法の単独強行採決

残念でしょうがない。野党であることが無念である。今の国会の議論が、果たしてどれだけ教育の現場を知って行っているのか、どれだけ子ども達の未来を考えて行っているのか、大きく疑問を持つ。いじめ問題がここまで深刻になっているときに、人間を一人前の人間に育てるための教育基本法の審議で、コンセンサスを得られないまま採決することは、教室の中の問題児を更生させる説得力を持った大人がまったくいないことと同じではないか。審議を尽くしたとよく言えたものだ。30年も前の政治用語である。国権の最高機関である国会で、大人のエゴだけで国会運営を未だに行っている今の政治では、明日の日本など到底語れないであろう。残念でしょうがない。日本の将来がとても心配である。しかし、こんなていたらくの政治を助長している公明党の責任は極めて大きいと言わざるを得ない。少なくとも自民党の悪しき権力と戦っていた昔の公明党はこんなはずではなかったと思う。権力の魔性に取り付かれてはダメだ。しっかりと庶民の心をつかんだ政治をしなくて何のための政党か、もう一度原点に変えるときが来ていると思う。

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2006年11月08日
 ■ 懇親の集い

昨日、私の後援会の「懇親の集い」を行いました。多くの支持者の方々にご来場賜り、心温まるお声をかけていただきまして心から感謝申し上げます。
その中の私自身の挨拶で、政治の原点についてお話させていただきました。政治家には、それぞれ一人ひとりに、なぜ政治の道を志したか、政治家に成って何がしたいか、信念と理想があると思います。
しかし、それはそれぞれの人生の生活環境や経験によって異なってくるのは当然といえるでしょう。
私は外交政策が、教育問題が、経済の分野で役に立ちたいとか、大学での専攻や社会人になってからの経験や、実績によって様々であると思います。
それでは、私の政治を志した原点は何か、再度じっくりと考えてみました。そこでの結論は、母の「人生そのもの」が原点であることに気づきました。
5歳の時、それまでやっていた事業をすべて捨てて、3人の子抱えて(私は三男ですが)家を出て、子どもが一人前に成るまで、朝から晩まで必死で働いた姿そのものが、政治そのものであること、小沢代表が言う、「政治とは生活だ」の意味を文字通り見せてくださったのが母でありました。
行政の保護に頼らず、社会の中で誰よりもしっかりと自立した生活を送るために、強く優しく生きる姿が、美しくもあり、辛くもあり、悲しくもあり、希望でもあったのかと、今振り返ると思われました。
私の、多感な小学校、中学校時代にはそんなたくましい母の人生とともに、様々な経験をしました。
その経験が、特に人が生きていく中で、様々な人間模様を描く中で、波乱万丈の母との経験が、今の私の政治家としての肥やしになっていることに、改めて気づきました。
私の政治の原点は、母の「人生そのもの」です。私が目指す政治のキーワードは、寄らば大樹の陰の依存体質の社会構造を、政治的にも経済的にも変革するための「自立」でり、そのための最大の政治的課題は、幼少からの「教育」であることを改めて認識し、そのことを実践して行きたいと述べさせていただきました。
当然のことですが、今後も政治を続けていくにあたり、この原点を忘れずに、小さなことから大きなことまでしっかりと庶民の声を聞いて、人に役立つ政治活動を展開していきたいと思います。今後とも宜しくお願いします。
最後にもう一度、徳永まさひろ後援会「懇親の集い」にご協力いただきました皆様に、心から感謝申し上げます。ありがとうございました。

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